~バガン便り~

バガンに本社がある旅行屋のブログ

バガンの謎・出てこない財宝編

本格的な発掘調査や研究がまだまだなされていないバガンでは、これから何が出てくるか分からないと思うことがたくさんあります。

まゆつばものの話ではなく、マルコポーロの「東方見聞録」にあるミエン(緬)がバガンであるとすると、金銀が多く流通していた国に現在首飾りのひとつも出てこないのは不思議です。
でなくとも、石碑の文章から当時巨大寺院の建設に莫大な金銀が使われていたのははっきりしています。

で、どこにいったかですが・・・。

ミャンマー人、特にバガンの人は、盗る人はいません。
なぜなら、前も書いたかもしれませんが、バガンのパゴダや寺院にはすべてと言っていいほど、呪いがかけられているからです。
寄進者が、自身の功徳を妨害しようとする盗人らに警告するために、本気の呪詛をこめているのです。バガンの人はそれを知っているので、こわがって触れることすら拒否するぐらいです。

とすると、外国人ですか。盗った可能性があるのは、最初に侵攻してきた元、でそのあと、ポルトガルも来ました。イギリスの時代も長いです。日本も可能性はゼロじゃないですね。中国の商人に流れたというのもありそうです。

ただ、それにしてもまったく出てこないというのは不思議です。
バガン王朝といえば言うまでもなく、東南アジアの列強ですからどこかにあるはずです。
キーポイントといえるのは、お寺です。他の遺跡と違ってバガンは延々と仏教の信仰が続いている土地です。そして、宝物は寄進者が寺院に寄贈するものです。
で、ひとつ面白いのは、バガン王朝時代にはあまりに寄進地が増えすぎて王朝の経済を圧迫したために、土地所有権の確認訴訟が多数起こっているんです。それでその多くでお寺が勝訴するんですが、その時代から既に王朝(政府)と寺院は対立関係にあったということです。
ということは、バガンの時代から財宝は寺院が隠して封印していてもおかしくないと思えますよね。
しかも、その当時の寺院はそのまま現代まで存続していて、僧侶は絶えることなく絶大な力を持っているんですから。

だとすると、なかなか陽の目を見ることもないかもしれません。なにしろ寺宝なのですから。

それから、フビライハーンが攻めてきたときに、中小の寺院なんかは周辺の村に散らばっていったと言われています。サレーなんかはそのひとつのようですが、そういうところにも隠されてるかもしれませんね。

まあ、何かしらきっかけは出てきそうです、謎が多いバガンのことですから。

ダンジョンが多いので、なんとなくどこかでロトの剣を発見しそうな気はしていますが(笑)。

 

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