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~バガン便り~

バガンに本社がある旅行屋のブログ

インドシナ民族

日常の話

カンボジア人にミャンマーのロンジーの写真を見せると、「あ、田舎のカンボジアの服装だ」と言います。またミャンマー人にカンボジアの田舎の風景を見せると、「あ、ミャンマーといっしょだ」と言います(笑)。国境なんてものは、地図上の点線がなければ分からないようなものかもしれませんね。


ヤンゴンプレス3月号掲載「バガン通信」
インドシナ民族

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去年バガンの若手ガイドとカンボジアのシェムリアップに行ったときのことです。

彼は古い家系のバガン人らしく、明らかにインド系の顔をしているのですが、驚いたことにカンボジアではほぼ100%クメール語で話しかけられていました(笑)。

東アジア人である私には不思議で仕方なかったです。なぜかというと、カンボジア人と彼の顔とは似ても似つかないからです。


インドシナ半島は国家の興廃に伴って、多くの民族が混じりあって形成されてきた歴史を持ちます。バガンの時代も多くの民族がバガン王朝内に存在したことが明らかになっていますし、もともと多民族的な色合いの強い地域なのかもしれません。

だから、顔の特徴しか見ない日本人の私からすると、そのインド系のガイドを“インド系の特色を持つ顔”だと認識していますが、彼をみたカンボジア人たちには自分たちに非常に近い出身の人だということが肌で分かっているのかもしれません。そうでないとまったく腑に落ちない出来事でした(笑)。

バガン時代、王朝を形成する主要民族には、ビルマ,モン,ピュー,インドそしてクメールの各部族が含まれていたとされています。これは当時の民族分布を考えると周辺の民族はほとんどすべてがいたということになります。後世北からシャン民族が王朝を築いて勢力を伸ばしますが、もともと様々な民族が一緒に暮らしてきたのかもしれませんね。

ちなみに、バガンから直線距離でヤンゴンとタイのチェンマイはほぼ同距離、インドのアッサム地方はもっと近いですから、当然といえば当然かもしれません。

そういえば先日、私の会社のスタッフをタイのスコータイに視察に連れて行ったときも、カンボジアの時と同じように、完全にタイ語でまくしたてられていました。通訳に何と言っているのか聞いたところ、「あなたはタイ人なのになんでタイ語を話せないの?」と言われているというので、噴き出してしまいました。

彼女もやはり典型的なビルマ族の顔をしていると思うのですが、この2つのできごとから、ミャンマーもカンボジアもタイも本当のところはあまり変わりはないのかもなと、なんとなく自分を納得させてみました。

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