~バガン便り~

バガンに本社がある旅行屋のブログ

ダマヤンジーの怪 (3)ローカナンダの仏歯

バガンのローカナンダになぜ仏歯のレプリカがあるのか?
それを考えると、上座部におけるバガンの重要性というものがはっきりと分かるのです。バガンとスリランカ・ポロンナルワの共通点は、ずばり時代がまったく同じであり、世界中でたった2つしかない11世紀の上座部遺跡なのです。
歴史のロマンを感じるとき、バガンとポロンナルワに両方行くならば、きっとそのロマンが3重にも4重にも感じられることでしょう。

ヤンゴンプレス6月号掲載・バガン通信

バガン最大のミステリー・ダマヤンジーの怪

(3)ローカナンダの仏歯

 

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キャンディ・仏歯寺の舎利堂

 

スリランカの仏教にとってもっとも大事なもののひとつに仏歯があります。
なにしろ釈迦のオリジナルの歯だとされるものは世界にこれしかないわけです。
仏歯を守るためにシンハラ王朝は何度も遷都し、現在旧都キャンディの仏歯寺に納められています。
そのレプリカがバガンのローカナンダパヤーにある事実はあまり知られていません。
今日はその話をしたいと思います。

ところで、バガン朝を興したアノーヤター王ですが、昔はアヌルッダ(ANURUDDHA)と呼ばれていました。
そして、当時衰退していたスリランカ仏教の最後の都がアヌラダ=プラ(ANURADHA=PURA)なのです。
誰も指摘していませんが、スリランカの旧都名とそれを援けたバガン王の名が同じというのは偶然だと思えません。

11世紀に衰退したスリランカ仏教ですが、当時上座部の高僧がセイロン島にたった4人になってしまったという記述があることからも、ほぼ壊滅状態でした。
その後復活してから都を置いたポロンナルワには、その経緯について次のように書かれています。

チョーラ朝の侵略を受け国土が4分の1になりながらも、ヴィジャヤバーフ1世は復活ののろしを挙げ軍勢は勢力を強めていた。そんなとき、僧侶のひとりがこの王家の血を引く若者に、国王の座についてほしいと嘆願した。ヴィジャヤバーフ1世はこれを受けシンハラ王朝の国王となりセイロン島統一に向けて動きだしたのである。

そして、その後の仏教の復活について次のように記述されています。

“王はラーマナーまたはアラマナーと呼ばれる国の僧侶たちを招聘し仏教を復興させ、またその国の王はポロンナルワの僧院に3度寄進し、年齢と同じ金額の寄付をした”

スリランカ考古庁は、注釈としてラーマナー、アラマナーとはビルマだとしていますし、スリランカ史家の間でも僧侶を送ってきた国がバガンであるというのは定説です。ちなみに、バガンの空港寄りにあるパヤトンズ遺跡近くのミンナントゥ村では、最近まで遺跡周辺のことをアルマナーと呼んでいました。

さらに驚くことに、ポロンナルワにある国立博物館には、スリランカ仏教を復活させることは、「ビルマの使命」として行われたと書かれています。
つまり、現在スリランカ側の歴史認識として、バガンが主導してスリランカ仏教を復活させたとされているわけです。

 

 

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