~バガン便り~

バガンにあるサラトラベルの情報発信ブログ

緊急のご注意・バガンの全パゴダが登楼禁止に

※12月16日加筆 

昨日突如発表されたパゴダ登楼禁止についてですが、マンダレーにて関係者が集められ事情説明が行われました。その中で、マンダレー管区大臣は、2018年1月1日よりバガンのすべてのパゴダを登れないよう施錠していくこと、また工事中で登れる状況にあっても考古学局職員やツーリズムポリスが巡回し、観光客に登らせないように促していくということです。

本日の状況ですが多くで登れなくなっているものの、ブレディには登れているようです。ただこちらも1月1日からは登れなくなることが確実で、明日以降もどうなるかはっきり分かりません。
夕日が見られる場所としましては、スラマニ寺院の北側にある湖跡(丘のようになっている高台)からきれいに見られますので、来週前半に地図入りでご報告したいと思います。
その他どこから景色が眺められるかも合わせてお伝えしていきたいと思います。



本日よりバガンのすべてのパゴダ・寺院が登楼禁止となった模様です。

詳細については続報にてお伝えいたしますが、観光客の急増によりパゴダへの悪影響が出るおそれがあり、登楼を禁止する方針だという報道は以前ありました。

しかし今回何の事前通達もなく行われた格好となっております。

今後どこからバガンの景色を眺めるか、サンライズ・サンセットをどこから見るかなどを含め、情報収集し早めにご報告したいと思います。

 

f:id:saratravel:20171215124800j:plain

にほんブログ村 旅行ブログ ミャンマー旅行へ
にほんブログ村

仮説・バガンがタトゥン国を滅ぼした本当の理由

バガンのパゴダを眺めながら、わたしはずっと次の疑問を持ち続けてきました。

 

「バガン王朝初代アノーヤター王は、征服したモン族のマヌーハ王をなぜ殺さずに生かしてバガンで余生を送らせたのか?」ということです。そして私は長いこと、これはバガンに連れてきたモン人たちを自在に扱うためにマヌーハが必要だったのだと思っていました。しかしその後、周辺諸国とのリンケージな歴史を考えていくうちに、実はそんな小さな理由ではなかったのではないかと思えてきたのです。

 

f:id:saratravel:20171214195204j:plain

 

バガン王朝を建国したアノーヤター王は、モン族の同じ仏教国家タトゥン国を滅ぼします。そしてタトゥン国の王マヌーハをバガンに連行、幽閉します。これによってモン族の国家は断絶することになります。ただ不思議なことに、その後アノーヤターがやったことはまるで逆で、モン文化の吸収に力を注ぎました。バガン初期のパゴダにはその多くにモン字で書かれた釈迦の教えが刻まれています。また一般にアノーヤターがタトゥン国を攻めた理由は「仏典を譲るよう求めたがマヌーハ王がこれを断ったため」とされていますが、よく考えるとずいぶん稚拙な理由で、子供がガンダムのおもちゃを貸してくれないから友達をいじめるという理屈と大差ありません。この辺は慎重に検討する必要があると思っていました。

 

アノーヤターはタトゥンを滅ぼした後、三蔵経典を入手し、ピタカタイという経庫をつくりそこに奉納します。その他アノーヤター期につくられたパゴダは後世と異なり、その多くが仏典や舎利などを納めたものばかりで、この地に仏教の聖地をつくるのだという王の意思が強く感じられます。

ではそれはなぜだったのか?

 

話は変わりますが、パーリ語で書かれたスリランカ正史・チューラバンサ(小史)に次のような記述があります。

 

“11世紀シンハラ王朝を再興したヴィジャヤバーフ1世は、仏教の保護にも力を注ぎます。ただセイロン島にはヒンドゥーの侵攻により上座部の仏教儀式を行えるだけの高僧がほとんどいなくなっていたために、教義に詳しい仏僧をラーマナー(バガンのこと)の友人アノーヤター王(当時の読みはアヌルッダ)に依頼し派遣してもらった。これによってシンハラ仏教は復活をとげたのである”

 

驚くことに、この事実はミャンマーではほとんど知られていませんが、スリランカではよく研究されていて、11世紀のシンハラ仏教の復興はビルマのプロジェクトとして行われたという注釈がスリランカ考古庁になされているぐらいなのです。

 

さて、このあとスリランカ小史には、3つのピタカ(三蔵)という言葉が頻繁に登場します。

3つのピタカがスリランカには失われていたのですが、バガンにはこれがあった。そしてラーマナーのアノーヤター王はシンハラ王朝の首都ポロンナルワの古いパゴダを修復し、この3つのピタカを奉納したなどと記されていて、アノーヤターが上座部にとってもっとも大切なものを遠いスリランカの地に寄進したということが分かります。

 

以上のことからわかることは、アノーヤターがバガンを興した11世紀中旬の時点では、バガンにもスリランカにも三蔵経典が存在しなかったということです。これは非常に重要なポイントです。そしてアノーヤターが力づくで奪ったように、モン・タトゥン国には経典が存在したこと、そして当時の仏教界にとってそれが本当に貴重な至宝であったということです。

 

つまり、バガンのアノーヤター王は、ガンダムのおもちゃを貸してくれないから隣国をこらしめたという次元の理由ではなく、現生にほぼ唯一ともいえる釈迦の正統な教えをつなぐために、武力でもってしても入手しなければならなかったということのように思えます。さらに言えば、私はタトゥン国を亡ぼしたのではなく、同じ上座部国を吸収合併しただけなのではないかと思っています。理由は、バガン仏教の精神的支柱であった大僧正シン・アラハンはモン族の出身であり、伝説ではタトゥン国の生まれだというのです。俗的に考えれば、同じ門徒の国を宗教的な理由で攻撃することはあり得ないのではないでしょうか。ちなみに、シン・アラハンは11世紀の仏教を考える上で大きな存在であり、アノーヤター王が帰依したこの仏僧がキーポイントとなって上座部仏教を動かしたといっても過言ではありません。

 

さて、話を戻しますと、ビルマ史ではタトゥン国から800人の僧侶をバガンに移住させたとされています。そして面白いことに、スリランカ小史には、バガンから僧侶を派遣してもらったおかげで、その後まもなくしてシンハラの僧侶は数百人になったと記述されているのです。ビジャヤバーフ1世がシンハラ王朝を復活させたときに、「高僧の数が少なすぎて、サンガ(仏教僧団)組織になりえなかった」と書かれていますので、一般に当時高僧は4人未満しかいなかったといわれています。この後バガンは大挙スリランカに僧団を送るわけですが、私はこの僧侶たちにはタトゥン国に避難していたシンハラ人が多く含まれていたと考えています。

 

1017年にヒンドゥー教国のチョーラ朝にほぼ全土が制圧されてしまったスリランカですが、それまで首都のあったアヌラーダプラは仏教でいえば伝説の土地であり、600年続いた仏教の聖なる都でした。1つの都市だけで何万人も修業に励むような仏教国から僧侶が消え、4人になってしまった。常識的に考えれば、昨日まで功徳を積み重ねてきた人たちが突然還俗して、棄教することは考えにくい。もちろん捕まってしまったら棄教することもあるでしょう。しかしその前の段階だったら、大抵逃げただろうと思うのです。それでこの時に逃げた先が実はタトゥン国だった、と考えると各国の状況がぴったり符合します。

 

余談ながら、上座部仏教の中興の祖ともいえるシン・アラハンですが、一説にはタトゥン国王のマヌーハに仕えていたものの、王がヒンドゥー教に傾斜していったためにこれを強く危惧し、東の強力なクメール王朝からの圧迫もあり、このままでは上座部が滅びてしまうと国を出奔、中国まで行って仏教を布教したものの見向きもされなかったために、南下したところバガンにアノーヤターという信仰深い武人がいて尊崇を受けたために生涯をバガン王朝に捧げたという話があります。真偽のほどはともかくとして、状況としては各国にある神話がかった王統記よりよっぽどリアリティがあります。

 

さて、その後1070年にアノーヤター王は、ヴィジャヤバーフ1世から贈られた仏歯のレプリカを奉納するためにローカナンダパヤーを建立しますが、興味深いことにヴィジャヤバーフは異国の王であるアノーヤターに対し、「友人であるアノーヤター王」と呼んでいるのです。あちこちで戦乱が起きている時代ですから、友人というからにはバガンとシンハラ王朝はただの同盟関係ではなかったのでしょう。やはりそこには、同志としての強い絆があったということだと思います。その後仏教の主導権は次第にスリランカに移っていきますが、バガンではアノーヤター王だけでなく歴代各王ともスリランカを兄国として敬慕し、信仰を支えてきた歴史が続いています。

 

こうやって上座部全体の歴史を紐解いていくと、アノーヤターがタトゥン国を滅ぼした理由というのは、本当は悲壮な想いだったのではないか、おそらくは流浪していたシン・アラハンの話を信じ、ピュアな信仰と遠い異国の出来事に思いをはせ、それを具現化していったのではないかと思うのです。

 

時は下り21世紀の現在、チューラバンサを読むシンハラ人もほとんどいなくなったはずです。ところが不思議なことに、ミャンマーで仏教徒に対するネガティブなニュースが流れると、スリランカで連帯するデモが起こるのです。ミャンマーに行ったこともなければ、知り合いがいるわけでもない人たちです。

私には、アノーヤターがヴィジャヤバーフ1世に共感した想いが今でも連綿と受け継がれているからだと思えてならないのです。

 

にほんブログ村 旅行ブログ ミャンマー旅行へ
にほんブログ村

ミャンマー国内線2018年ゴールデンウィーク販売開始

ミャンマー国内線最大手のエアカンボーザ(AIR KBZ)が2018年ローシーズンの予約を開始、ゴールデンウィーク以降のフライトスケジュールが発表されました。

 

f:id:saratravel:20171206110918j:plain


主要路線であるヤンゴン⇔バガン線の運航予定は以下の通りです。

 

■4/28-30

ヤンゴン→バガン
K7211 RGN-NYU 0740/0900 USD118
K7248 RGN-NYU 0800/0920 USD118

バガン→ヤンゴン
K7207 NYU-RGN 1705/1825 USD118

■5/01-06

ヤンゴン→バガン
K7248 RGN-NYU 0800/0920 USD108
K7236 RGN-NYU 1600/1720 USD108

バガン→ヤンゴン
K7248 NYU-RGN 0935/1140 USD108(経由便)
K7265 NYU-RGN 1820/1940 USD108


ローシーズンの料金設定は突然変わったりするので、また安くなったりもするかもしれませんが、私の会社の販売価格は当面航空会社と同じに設定したいと思います。

なお、今までの傾向を見ますと、搭乗者数が多いと増便したりするので、便数が増える可能性もあるかもしれません。

 

にほんブログ村 旅行ブログ ミャンマー旅行へ
にほんブログ村

バガン=シェムリアップ直行便就航を発表!

こんにちは。
昨年から噂されていたバガン=シェムリアップ線就航ですが、カンボジアの一般紙クメールタイムスが、直行便と報じています。
しかも運航予定はミャンマー国営のミャンマーナショナル(Myanmar National Airlines)だということです。

f:id:saratravel:20171202210743j:plain

www.khmertimeskh.com



ミャンマーサイドでは2018年4月就航としていますが、カンボジアサイドでは航空当局へライセンス取得のための申請をした、と若干の温度差があります。

さて、問題は機材です。ミャンマーナショナル航空の主要機材は、ATR-72とB-737ですが、バガンからシェムリアップまで飛ばすとするとプロペラ機のATRでは2時間半以上かかるのではないかと思いますので、滞空距離を超えています。一方ジェット機のB-737は現在のところバガン・ニャウンウー空港には降りられないという認識ですので飛ばせません。

ということは??まさかエンブラエルとか使うんじゃないでしょうね(笑)。
当初協力を要請していたバンコクエアのあの個性的な社長さんの不敵な笑い声が聞こえてきそうですが(笑)。

いずれにしましても、もし本当に来年飛ぶんでしたら(懐疑的)、もちろん観光客にとっては遺跡観光がもっと身近なものになりそうですね。
続報をご期待ください。

にほんブログ村 旅行ブログ ミャンマー旅行へ
にほんブログ村

ロヒンギャ帰還合意に関連して

こんにちは。

本日久しぶりに明るいニュースといいますか、ロヒンギャ問題解決の糸口とも言えるミャンマー・バングラディシュ間における合意が交わされたという報道が入ってきました。

日本の報道を見ると何が本当か見えないので、現地ミャンマータイムス紙を見てみましょう(笑)。

www.mmtimes.com

 

f:id:saratravel:20171126205432j:plain


この記事の中で、ミャンマー国家顧問庁とバングラディシュ外務省の間でロヒンギャ族帰還についての合意が交わされたとしていますが、ミャンマー側はその時期について明言を避けた、と書かれていますので、詳細は未定ながらも今回はっきりと前進したことがわかります。

そして、政府は避難民のための集落をマウンド-タウンシップ内に新設し、居住できるようにするとしています。ただし、どの程度の数が帰還を認められるかについてはわかっていません。

今回のニュースではアウンサン・スーチーさん率いるミャンマー政府が、圧力を強める国際社会に譲歩した格好となりました。ミャンマータイムスの論調もたんたんと公表された事実を述べたようになっており、この問題の難しさを表しています。

さて、今後は逆に仏教徒に対する配慮が難しくなりそうです。
なにしろ今回の問題の発端は、ミャンマー人たちにとっては本来宗教問題でなく、隣国からの植民たちが引き起こしたスクワッター(違法移民)の問題だと認識されているわけですから、反発が出てくるかもしれません。

ところで横道にそれますが、わたしは度々ミャンマーの仏教には「上座部ナショナリズム」が強いと言ってきました。これは、私は政府の代わりに仏教が存在してきたためと理解していましたが、それを裏付ける東京外大教授である土佐桂子さんの講演がありますのでご紹介したいと思います。

研究会「ミャンマー」③ 土佐桂子さん講演(この下にPDF版があります)

www.youtube.com

 

ミャンマーにおける宗教政策(pdfダウンロード注意)

https://s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/jnpc-prd-public/files/2012/04/367e864e1c6fbf37106e4614f804d100.pdf#search=%27%E7%A0%94%E7%A9%B6%E4%BC%9A+%E3%83%9F%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%9E%E3%83%BC+%E5%9C%9F%E4%BD%90%E6%A1%82%E5%AD%90%27



バガン王朝時代も、後期に差しかかると上座部に寄進された土地が多くなってしまい、政府と仏教の間で土地所有権確認訴訟が頻発し、その多くで仏教が勝ったとされていますが、千年前から人心が仏教に強く傾倒してきた国であり、それを各時代の政府もコントロールできなかったところがあるので、現在まで仏教が絶対となるのは必然と言えるのかもしれません。

誰だって愛国心を穢されたり身内を侮辱されると怒るものです。
後進国、しかも最近になってようやく開国したばかりのミャンマーで、先進国がまとめて集中砲火を浴びせてミャンマーが悪いと圧力をかけるのは、戦前日本がやられたことに似ている気がして、現地で仕事をしている私からするとすごく気持ちの悪い思いをしてきました。

かつてパレスチナはテロリストの巣窟といわれ、衝撃的なニュースで話題を集めました。故アラファト議長はいまだテロリスト上がりの…という表現をされますが、国連での「どうか私の手からオリーブを奪わないでください」という演説は国際社会にテロと生存闘争の境目を考えさせました。その後パレスチナは国家として認められるようになりました。

私がここでパレスチナを取り上げたのは、いま現在私たちが見ているニュースというものは、どちらか側から見たものが多いので、実際に何が起こっているかは分からないと思うのです。どうしてパレスチナ問題が発生したのか客観的に正確に理解しようと思うと、まだまだ紛糾してしまいます。ロヒンギャ問題にしても、両極端の主張しかないような状態なので、将来どのような評価になるかも分かりませんが、何が正しいか、どちらが悪いのか、それ以前に結論がでるのかも分からないと思うのです。

私自身マウンドーに行ったわけではありませんし、この場で何か主張したいわけでもありません。ただ日本ではYAHOO!でロヒンギャ被害者への募金まで行われているようなので、報道する側が色をつけるとこうなってしまうのだろうか、という強い疑念があります。わからないという状態ではいけないのだろうかと。

いずれにしても、今回の前進ですべての人にとって幸福に一歩でも近づくよう願ってやみません。良い世界となるよう期待しましょう。
※すみません、今回は笑えませんでしたね。もうやめときます(笑)。

にほんブログ村 旅行ブログ ミャンマー旅行へ
にほんブログ村

政府は遺跡保護区域内のホテルを移転する計画

こんにちは。

時々この噂が流れてきていましたが、今回のニュースで現在進行中であることがはっきりしました。

 

www.irrawaddy.com

 

f:id:saratravel:20171122084137j:plain



ミャンマー政府は15年以内にバガン遺跡保護区域(オールドバガンなど)にあるホテルを新ホテルゾーンに移転させる計画を持っているというものです。

以前から明らかにされているものですが、ホテルサイドが猛反発、裁判になったら確実に勝訴するなどと強気な発言を繰り返しています。

今回のニュースでもその難しさが出ていますが、私個人としては遺跡の真ん中にホテルがあること自体がおかしなことで、世界遺産を目指すのであればパゴダしかない世界という方が景観が美しいのは当然です。

ただ、前軍事政権時に得た半永久的な既得権益を手放すとは思えず、逆に軍政時代にあったような強制排除でもしない限り、更地には戻せないのではないかというのは周知のとおりです。ちなみにこのホテルの中には日系ホテルのティリピセヤも含まれてますね(笑)。

余談になりますが、ミャンマーのホテルというのは非常に高飛車で、代理店である私の会社のような旅行会社はどこでも辛酸をなめさせられた経験があります。この辺も軍事政権の残した置き土産であり、サービス向上がなかなか進まない要因ともいえるでしょう。

さて、このオールドバガンホテル移転計画ですが、ユネスコはというと「移転する前に移転先である新ホテルゾーンのインフラ整備が重要」と述べていますが、このホテルゾーンというのがまた辺鄙なところにあります。実はここには数軒のホテルが既に建っているのですが、周囲には何もないので閑古鳥がないています。

私も以前から、バガンからこのホテルゾーンにシャトルバスを走らせ、街道沿いには優遇措置を講じて土産物店やレストランを誘致し、双方にとってメリットがなければ誰も泊まらないし、ホテルを建てないだろうと思っていました。

本来はこの辺の計画は、例のJICAのバガン観光パイロットモデル構築プロジェクトでやるべきことだったのですが、残念ながら何の成果も残せずに3年過ぎてしまいましたね。進行中の移転計画についても、政府サイドとホテルが真っ向から睨みあっていますので、妥協点を探らないとどうしようもない気がいたします。

ついでながら、この記事に出てくるU KHIN MAUNG NUとは私の会社の半専属ガイドのような存在のマウンさんです(笑)。ミャンマーに5人しかいないシニアガイドの1人なのですが、生き字引(失礼)というかバガンのご意見番で、周囲が言えない正論をはっきり言うので、最近では重要なミーティングには大臣らに呼ばれてしまうのでガイドどころではなくなってきました(笑)。まあともかく、こういうバガンの良心の人々によってバガンが良くなっていくことを心から願っています。

にほんブログ村 旅行ブログ ミャンマー旅行へ
にほんブログ村

バンコクエアウェイズがマイレージシステムを変更

※11月10日追記:今日バンコクエアとカタール航空がコードシェア便の拡充やマイレージプログラムにおける提携を結ぶと発表しました。エティハド航空ではなくワンワールドのカタール航空だったわけですね。

ソース:Qatar and PG pair loyalty schemes : TTR Weekly


両マイレージクラブを見てみると、相互でマイレージが貯まるようになっていますが、特典航空券の発券などはできなさそうです。また加算率にしてもあまり良いようには見えません。今後どこまで使い勝手が出てくるのか期待してみたいと思います。

 

*****

こんにちは。

アジアのブティックエアラインをうたうバンコクエアウェイズですが、ベトナム航空やタイ航空とコードシェア便を拡大するなど東南アジアで勢力を拡大しています。

 

そんなバンコクエアですが、11月1日よりマイレージクラブ FlyerBobus の加算方式を変更し、サイトも新しくしました。ざっと見た感じ、以前のものに単純に単位を50倍にして、アライアンスグループと同じような数字になるように見直した、と言えると思います。

また、今まで提携エアラインの特典航空券に換えたい場合電話かメールが必要だったのですが、新しいサイトでは自社と同様オンラインで発券できるようになった模様です。

 

f:id:saratravel:20171103165539j:plain

 

flyerbonus.bangkokair.com

 

ちなみにJALの国内線を発券する場合はエコノミーで7500マイルと、ブリティッシュエアウェイズ(エグゼクティブクラブ)の4500マイルよりは高めの設定ですが、以前は往復300ポイントだったので変わっていません。

このページで見る限りファーストクラスの設定があるようですが、他社の券種で見たことがないので本当に取れるのかどうかは分かりません。

このFlyerBonusで特典航空券を発券するお得な路線は、キャセイパシフィックのファーストクラスが何路線か良さそうなのがありますが、これまた取れるかどうかは疑問です。

ついでながら、先日運航停止したばかりのエアベルリンも発券できていたのですが、アブダビ⇔ベルリンの往復ビジネスが900ポイント(新システムでいえば45000マイル)と破格のお得さでしたがもう遅いですね(笑)。

 

バンコクエアでマイルを貯めている人自体が少ないでしょうが、タイ周辺のホテルチェーン(アナンタラやチャトリウムなど)との提携プロモがあって、その時期に宿泊するとかなり貯まります。フライトで貯めるのであればメリットはありません。

ミャンマー観光省は来年バガン・ニャウンウー空港に国際線を発着させる計画を発表するとしていて、それに伴ってバンコクエアウェイズに協力を要請しています。私はATR-72などのプロペラ機しか発着できないバガン空港ですので、バンコクからの直行便は距離的に飛ばせないと踏んでいます(チェンマイが有力候補でしょうか)。

またこの時期にマイレージ方式を変えたということは、エティハド航空などと関係が深いバンコクエアですので提携を更に広げるのか、ワンワールドに加入するといううわさもありますが、勢いのあるエアラインだけに注目ですね。

にほんブログ村 旅行ブログ ミャンマー旅行へ
にほんブログ村